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バイオグラフィー

  • 活動期間

    1982 ~現在 (38 年間)

  • 出身地

    Tateyama, Chiba, 日本

  • メンバー

    • Eddy (1985 – 1985)
    • PATA (1987 ~現在)
    • SUGIZO (2009 ~現在)
    • TAIJI (1985 – 1992)
    • TOSHI (1982 ~現在)
    • Tomo (1982 – 1985)
    • XENON (1985 – 1986)
    • YOSHIKI (1982 ~現在)
    • heath (1992 ~現在)
    • hide (1987 – 1997)
    • 吉田良文 (1985 – 1985)
    • 堀功 (1987 – 1987)
    • 宇高光 (1985 – 1986)
    • 徳応アツシ (1984 – 1985)
    • 村上悟 (1986 – 1987)
    • 泉沢裕二 (1982 – 1985)
    • 高井寿 (1985 – 1986)

X JAPAN(エックス ジャパン)は日本のロックバンド。1989年にX(エックス)としてメジャーデビュー。その後1992年にX JAPANへと改名する。1997年解散。2007年再結成。通称としてXと呼ばれる。

1982年、千葉県館山市で当時高校生だったYOSHIKIとTOSHIを中心に結成。アメリカのバンドKISSに影響を受けた派手なルックスで日本では後に「ヴィジュアル系」といわれるロックの先駆者的存在とされ、Janne Da Arc、Dir en grey、ナイトメアなどに影響を与えている。

Xというバンド名は、Xという字が本来持っている「無限の可能性」という意味がこめられている。結成当初は、「正式なバンド名が決まるまでの仮の名前」であって、「1文字だとコンテストのパンフレットで目立つから」という、軽い気持ちであった。 その後、世界進出にあたりアメリカに同名のバンドが存在することが分かり、1992年8月HEATH加入発表と共にX JAPANへと改名する。

バンド来歴
1988年4月、1stアルバム「VANISHING VISION」をリリース、発売1週間で初回プレス1万枚を完売する。これは、当時としては驚異的な事であった。この時、既に数社とのメジャーレーベルとの契約交渉を進めており、この年の夏に当時のCBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)とメジャー契約を果たす。

1989年4月21日、CBSソニーから2ndアルバム「BLUE BLOOD」でメジャーデビュー。オリコン初登場6位を記録する。また、この年だけで60万枚のセールスを記録する。当時はまだ、音楽業界でミリオンヒットが珍しい時代であり、さらにトップレベルのロックバンドですら10万枚の売上で大ヒットだったこの時代、Xのセールス記録は驚異的な記録であった。
1991年の3rdアルバム『Jealousy』もミリオンセラーを記録。2枚組としてリリースする予定だったが、YOSHIKIの体調不良などでレコーディングが間に合わず、10曲でのリリースとなった。
1992年1月5、6、7日には日本人アーティストとして初となる、東京ドーム3DAYS公演「破滅に向かって」を敢行し、延べ12万人を動員することとなる。これを最後に、YOSHIKIとの間に「軋轢が生じた」ベースのTAIJIがXを脱退。後任としてHEATHが加入し、翌1993年には世界デビューを見据えてX JAPANに改名。8月29日、制作に3年7ヵ月を要した29分にも及ぶ『Art Of Life』をミニアルバムとしてリリース、60万枚を超えるヒットを記録する。正式な収録曲が1曲のみのCDアルバム(音楽作品)の売上としては歴代1位である。
しかし、Toshlの英語発音の問題やYOSHIKIの持病によりレコーディングが長期化し、バンドは世界デビューを断念せざるを得なくなった。長期のレコーディングの末、1996年11月4日に最後のオリジナル(4th)アルバム『DAHLIA』がリリースされた。レコード会社との関係悪化による資金不足などが重なり、結果としてしかし5年もの歳月を掛けたにも関わらず、アルバム発売以前に全10曲中6曲までがシングルカットされ(さらに『DAHLIA』リリース後に「SCARS」もシングルカットされた)、ベスト盤的アルバムとなった。この頃からTOSHIはXに息苦しさを感じるようになったと発言している。

1997年4月、音楽性・方向性の違いを理由にTOSHIが脱退する。後任のヴォーカルを見つけられなかったバンドは、「2000年X JAPAN復活再結成、その為の一旦解散」を決定。9月22日読売新聞紙上に広告を掲出、解散を発表した。同日、記者会見を開き、脱退したTOSHIも加えて12月31日に『THE LAST LIVE〜最後の夜〜』を行い、X JAPANは解散した。
「2000年再結成」までの間、各メンバーはソロ活動を展開する。中でもHIDEは、hide with Spread Beaver名義で精力的に活動を始めた。しかしその矢先、1998年5月2日にHIDEが急逝。これによりX JAPANの再結成は叶わなくなったとされた(YOSHIKIの公言)。

しかし、2007年10月18日、オフィシャルホームページに『緊急告知』という形で活動再開が正式に発表された。2008年1月20日、3月28日、30日に、東京ドームで2Daysの復活ライブが行われることが発表されるが、後日、復活コンサートはあまりにも反響が大きく2日間ではキャパシティを確保不可能と判断し、29日に追加公演を行うことを決定。こうして結果的に、1992年以来となる東京ドーム3DAYS公演を行う予定となった。この復活ライブではYOSHIKIと親交があるSUGIZOがHIDEのパートを演奏し、ステージやモニターには特殊映像(ホログラムなど)によって再現されたHIDEが登場している。当初、「X JAPANに終止符を打つための再結成で綺麗な形で終わらせるためであり、長期間の活動はしない」予定であり、「Toshlとの確執が完全に解消されたわけではない」状態であったが、バンド復活の大きな反響やToshlの洗脳が解けたこともあり、結果的にバンドは継続。2009年5月、HIDEの後任としてSUGIZOがLUNA SEAと兼任する形で正式加入。新曲の配信、海外公演を含めたライヴ活動を行いつつ、5作目のフルアルバム『X JAPAN』の制作が続いている。
2010年までに3,000万枚以上のセールスを記録している。(1990年代だけで2,100万枚)

Band Member (リーダーはYOSHIKI)
YOSHIKI(林 佳樹) – drums, piano, keyboards (1982–97, 2007–present)
Toshl(出山 利三) – lead vocals, acoustic guitar (1982–97, 2007–present)
PATA(石塚 智昭) – rhythm guitar, backing vocals (1987–97, 2007–present)
HEATH(森江 博) – bass guitar, backing vocals (1992–97, 2007–present)
SUGIZO(杉原 有音) – lead guitar, violin, backing vocals (2009–present)

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