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バイオグラフィー

INSTRUMENTS/PERFORMING
Guitar, Vocal, Keyboards, Laptop, mpd32, DR550, Some of the other instruments, Music composition, Lyrics, Programing, Sound design.

"1997 - 2002" LOVELY UGLY/Vocal Guitar.
"2002 - March,2006" HATE HONEY/Guitarist.
"june,2007-december,2009" vez/Guitarist,BackingVocals.
"Spring of 2005-Current" solo/band "Mitsu.JEANNIENITRO"
"2011 - Current" New project "MjN minimize analog system organization."
"2011 - Current" Remixing / Sound Art activity "Mjnitro"

others…

in "Levi's live '04", it performed as Guitarist/Models.

"The AURORA"( Adviser / Support Guitarist) / November,2006 - February,2007

Official
Web: http://www.jeannienitro.net
Music Store: http://mjnmusicbooth.bandcamp.com/
Music streaming: http://soundcloud.com/mitsujeannienitro

1975年8月12日生まれ 東京都 町田市出身
母親の趣味で、幼少期よりビートルズやサイモン&ガーファンクル、ベンチャーズなどのレコードが流れている生活環境に育つが
12歳の頃に、マイケルジャクソンの来日ライブ映像とボンジョヴィによるラジカセCM、それとTVK(神奈川テレビ)の洋楽番組をテレビで目にするまでは
ピンクレディと大好きなテレビアニメの主題歌以外には音楽に興味を示した事が無かったのに、この衝撃のテレビ体験を機にいきなり音楽に目覚める。
その後バンドブームという時代的な背景もあり、様々な邦楽ミュージシャンにも影響を受けつつ
中学校卒業間際の15歳頃よりギターを始める
初めて手にしたギター
親からプレゼントしてもらったフェルナンデスのテレキャスターと、同時期に粗大ごみの日に拾ったフェンダージャパンのストラトキャスターとモーリスのアコギに、これも同じく拾ったYAMAKIという日本メーカーのアコースティックギターの全4本が当初のメインギター。
というようにラッキーも重なり、ギターを始めたわずか2ヶ月目にしていきなり4本のギターを所有する贅沢なビギナー時代の始まり。
高校~専門学生時代
よくある高校生バンドマンのそれとまったく同じような日々を3年間送る。
この頃から後々まで、自宅でのギターの練習方法は「好きな曲を流し、CDとセッションするようにひたすら何時間もアドリブ演奏をしつづける」という方法。
これは、コピー演奏するよりも遥かに面白かった為、ピーク時は1日7~8時間にわたってこの方法でずっとギターを弾いていた。
曲のコピーというものはまともにした事も無く、文化祭などで「バンドをやる為に仕方なくしていた」のが本音。
そのコピーバンドにしても完コピが面倒だと思っていたうえに、コピーすること自体に興味が無かったため、メインリフやテーマフレーズはコピーして演奏したものの、ギターソロやその他のフレーズは似せて弾いていただけで、ほぼオリジナルなソロを弾いていた時もあった。
スコアブックを買った事はあるものの、どんな弾き方をしているのか?を知りたかっただけで、実際にスコアを見てフレーズを細かくコピーした事が無い。
するとしても、もっぱら耳コピ&目コピ(録画したPVやライブ映像に映った手元を見てコピーする)が中心でタブ譜はかいつまむだけが定石だった。
あとは、友達に教えるために代筆ならぬ代コピをして実演してみせる為にコピーした程度だった。
この頃のバイブルは「ヤングギター」と「プレイヤー」それと「ロッキンf」。
ギターマガジンはなんだか大人のギタリスト向けな気がして手を出さなかったが、後にはギターマガジンばかりを購読する様になった。
その中で、進路というものを考えなければならない時期に差し掛かり、
音楽しか頭に無かったものの「普通は進路としては大学へ行くもんかなぁ」と 若干いい加減な気持ちのまま
担任教師に推薦まで取ってもらい大学受験をするものの 不合格…
担任と両親にこっぴどく叱られつつも、さらに受験を続けてまで大学へ進学したい意思はなく「実は別に進学したいところがある」と本音をカミングアウト。
色々とすったもんだの末、地元の高校を卒業後「音楽専門学校ESPミュージカルアカデミー」の「音楽アーティスト科」へ無事に進学/卒業。
キャリア
在学中の18歳頃より本格的な音楽活動と共に精力的なライブ活動を東京都内中心に開始。
この頃に、ギター演奏については勿論、読譜や採譜に聴音訓練などの音楽における基礎を学んだほか、授業の一環として初めてのプロユース環境におけるスタジオレコーディングも経験。
さらに、同専門学校卒業から程なくして、
在校当時から校外で活動していたバンドのCDアルバム製作の為に著名スタジオにてギタリストとしてのレコーディングを体験する。
その後、このバンドは翌年に解散。
その後の1997年から2002年までの間、都内近郊を中心に
地元、町田と横浜をホームとし、同級生と結成したバンド「LOVELY UGLY」にてヴォーカル/ギターとして活動。
キャリア上、ヴォーカルとして音源を残すまでの活動はこれが初めて。
また、このとき同バンドのメンバーがTHE HATE HONEY のローディーをしていた事もあり、その後加入する事となるHATE HONEYのメンバーとも知り合う。
そして、タワーレコードやディスクユニオン等での自主音源流通/リリースからも話題となり、各種ライブイベントへの参加やオープニングアクトなどを務める機会も増え始める。
この頃に、ハロルド作石 氏とMitsuとの共通の知人/友人でもあった漫画家 木山道明氏の紹介により作石 氏と知り合う事になる
そして、その後の2010年に映画公開もされたハロルド作石(著)の人気音楽漫画「BECK/ベック」に於いて、
連載が開始されて間もないこの時期より最終話までにわたり主要登場人物(画)のモデルを務めており、
漫画連載中の2003年には雑誌 AM:ZEROにて、その経緯やエピソードのほか、普段の模様も交えた紹介と共に、ハロルド作石 氏と行われた対談の模様が掲載されている。
※プライベートでの親交も深く、作石氏、木山氏ともに私生活においての恩師でもある。
※メインギターの1本であるグレッチ ホワイトファルコンはハロルド作石 氏より譲り受けたもの。
※作中に於いて、Mitsu本人の実話エピソードが登場していたり、当時在籍していたバンド名のほか、ライブやレコーディング現場・PV撮影現場の風景とエピソードなども小ネタとして散りばめられている。
そんな中、当時活動休止中だったLimitedRecord所属のバンド「THE HATE HONEY」の2002年からの再始動に伴い、同バンドへ正式メンバー(ギタリスト)として加入。
平行して活動を行って来たものの、2002年5月にLOVELYUGLYを脱退。
「THE HATE HONEY」は、この再始動を機に「HATE HONEY」とバンド名を改名し、その後2006年の同バンド解散時まで在籍し活動/活躍する。
HATE HONEY解散後、ハロルド作石 氏による書き下ろしのアートワークを冠した、初のアコースティックソロアルバム「HELL-O」をjeannie nitro/ジーニーナイトロ名義にてリリース。
この時期、当時活躍中だったロックバンド「THE AUROLA」のギタリスト/アドバイザーとしてのサポートワークも行う。
その後、2007年からはロックバンド「vez」にて
・FUTOSHI TAKAGI(ex HATE HONEY) /Vo,g
・HIDEO(ex AUROLA)/bass ※2008年脱退
・T$UYO$HI(Pay money To my Pain) /bass
・YANA(zeppet store) /Dr

らと共に初期メンバーとして2009年末まで在籍/活動する。
同時期にCOMBAT GUITARSのモニターギタリストとしてファイヤーバードとジャズマスターを掛け合わせたMitsuオリジナルモデルのギターと共にリットーミュージックの音楽雑誌『ギター・マガジン』COMBAT GUITARS広告に登場。
その後、2009年以降の現在は変化に富むクロスオーバーな音楽スタイルをコンセプトに多数名義にて活動中。
主な名義としては、2005年より始動のソロワーク名義である JEANNIENITROやMitsu.JEANNIENITROのほか
EDM( Electronic Dance Music )に傾倒したスタイルを目的とした作曲名義や活動名義としてMjnitroと名乗ることもあるが、Electronicに傾倒したスタイルではあるもののそこまでEDMではない。

ちなみに2012年以降の作曲名義は全てMjnitroで、もともとはtwittreのアカウントを作る際にMitsu.JEANNIENITROが長すぎたため縮めた結果これになり、急遽ライブする事になった際に出演名を考えるのが面倒で、アカウント名をそのまま使ってった事がきっかけでそれ以来そのままMitsu.JEANNIENITROの別称として使っている。

これ以外の更なる別名義として、2011年より自身のこれまでの音楽体験と経験の全てを楽曲へフィードバックさせ、新たな方向性を目指す事を目的としたプロジェクト「Mjn minimize analog system organization.」も始動。
約2年の歳月をかけて製作された、そのMjn minimize analog system organization. 名義における25曲を収録した1st アルバムを2012年12月にダウンロード販売限定音源としてプライベートレーベルよりセルフリリース。
このアルバムについては楽曲の作曲からレコーディング・ミックスそしてwebを活用したリリースまでの全てを完全に自身のみで行い、自身のダウンロード販売作品としては初となる作品。

またMjnitroとして

New Album Coming xxxx 2013
- Natural number -

をリリース予定。

その他キャリア

デニム・ジーンズで御馴染みのファッションブランド「リーバイス」の2004年 秋冬コレクション「Levi's live '04」へ ギタリスト/モデルとして出演などもあり。
そのほか人物来歴
楽曲・音源製作だけでなくオフィシャルwebに関連するwebコンテンツの作成・管理・ディレクションの全てを自身で行っており、音楽活動開始当初からレーベルに所属し専属契約を結んでいた時期も含め現在に至るまで、長きに渡り様々なことに対してこのD.I.Yなスタイルを好み実践もしてきている。
1stソロ作品であった「HELL-O」を始め、vez以外でそれ以降リリースされた名義作品については
レコーディングからミックスまでについて、全て自室や屋外などで行われており、スタジオと名のつく場所は一度も使用していない。
7歳違いの実弟も音楽活動を行っており、同時に八王子でパンクレコードショップを営んでいる。
また、その店が映画「BECK」のロケ地に偶然選ばれ、とあるシーンに実弟が出演もしている。
ダライ・ラマ14世に会った事がある。
一時期、スポット的ではあるが、地元の人脈繋がりからクレイジーケンバンドのローディー業をしていた事もある。
母方の祖父が宮大工であり、父も含め叔父たちも技術分野の人間が多い。
祖母からの遺伝なのか?漬物に関して全般的に食べられない。好き嫌いのレベルではなく、食べられない。
私生活では愛犬はいない。飼った事も無い。が、2児の父であり夫であり、家族と共にのんびりと " ほぼ " 東京的 " だいたい " 町田生活を送っている。

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