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バイオグラフィー

雅-MIYAVI-(みやヴィ、1981年9月14日 - 、旧:雅-miyavi-)は、日本のミュージシャン。ギタリストとして独特のプレイスタイルを持つ。

兵庫県出身のAB型。自身のファンの事を「Co-miyavi=仔雅(こみやび)」と呼ぶ。2009年に独立し、個人事務所 J-glam Inc,の代表取締役でもある。

1981年9月14日、日本人の母親と元在日韓国人二世(帰化済み)の父親の間に大阪市此花区西九条で生まれる。小学校でサッカーを始め、企業チームのジュニアユースに所属する。県選抜に選ばれ、プロのサッカー選手になることを夢見るも15歳の時に足を負傷。それをきっかけにチームを離脱し、サッカーを断念。高校を自主退学し音楽と出会いギターを始め、17歳のとき恩人の先輩の死にショックを受けそのまま上京。ライブハウスでヴィジュアル系ロックバンド・Dué le quartzのメンバーと出会い、そのまま一泊し、一晩で作曲を終えてたことがきっかけとなり加入することとなった。最年少ながら作詞/作曲/編曲アレンジのほぼ全てを手がけた。

ギタリスト・コンポーザーを経て、2002年10月31日ファースト・アルバム『雅楽-gagaku-』より、ソロ活動を開始。翌2003年4月 25日、渋谷公会堂にてファーストソロライブを行う。2003年12月2日セカンド・アルバム「雅-galyuu-流」発売。2004年6月23日シングル『あしタ、元気ニなぁレ。』はオリコン・インディーズチャートで連続1位という記録を作る。2004年8月31日にインディーズラストライブ「This is 王道」を日本武道館にて敢行。

2004年10月20日マキシ・シングル『ロックの逆襲』でユニバーサルミュージックよりメジャーデビュー。「新堂本兄弟」マンスリーゲストミュージシャンとして出演し、さらに2005年5月4日セカンド・シングル『Freedom Fighter-アイスクリーム持った裸足の女神と、機関銃持った裸の王様-』発売。2005年6月1日メジャーで初となる、フルアルバム『雅 -miyavizm-主義』を発売した。

サードシングル『結婚式の唄』以降はアコースティックギターを主とした楽曲が目立つようになり、スラップを中心とした独学の奏法と『Gigpig』という独自の楽器(ドラム、タンバリンなど様々な楽器が組み合わされている)を使った独奏のスタイルで話題となった。またこの頃からライブでも様々なスタイルを取り入れるようになり、ラップ、タップだけでなく和太鼓やボディペイントなど様々なジャンルのパフォーマーと共演、音楽性をさらに広げていく。

その後2006年、シングル『君に願いを』をリリースした後単身ニューヨークに留学。ソロアーティストとしての腕を磨く約1年間の滞在期間を経て日本に帰国し、シングル『咲き誇る華の様に』で活動を再開し、またセッションバンドKAVKI BOIZを新たに結成した。2007年にはYOSHIKIの新ユニットS.K.I.N.のギターとして加入した。

2009年、元歌手であるMelody.と入籍。当時既にMelody.の妊娠が発覚していた。その後、同年7月に第一子が無事に誕生。

2010年、所属レーベルをEMIミュージック・ジャパンに移籍することを発表。また名前の表記を「雅-MIYAVI-」にすることも発表した。

作曲スタイルが独特であり、自宅で録音、編曲を行ういわゆる「宅録」によって音源を製作している。ボーカル、ギターはもちろん、パーカッションやプログラミングも全て自分一人で行っている。そのスタイルは「宅-ROCK」と呼ばれる。

ギタリストとして尊敬しているのは元LUNA SEASUGIZO。彼とはS.K.I.Nで同じバンドメンバーであった上、2008年にはシングル『陽の光さえ届かないこの場所で feat. SUGIZO』でコラボレーションを果たした。また他に、Gacktのことを「ガク兄ぃ」と呼び、慕っている。

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